《act.2 夢の終わり》


 昨日のライブはいまいち気分が乗らなかった。
 オレがらみのトラブルが原因で、つい一ヶ月前に新しいギタリストが入ったばかりだ。
そのギタリストが悪いわけではないけど、やっぱりまだ新しい音に慣れない。
しかもオレは、歌ってる間ずっとある客に気を取られてた。
 その客は、ステージに近い場所に陣取じんどってるにも関わらず、ノリ悪くジロジロと人の事を見てた。
 別にノリが悪い客は珍しくないけど、ソイツは目を引いた。他の客より頭一つ分以上飛び抜けた長身に、西洋人のような彫りの深い端正な顔をしていた。体躯たいくはスポーツマンよろしくガッチリきたえてあって、Tシャツの上からでも分かるぐらいだ。
そういう鍛えてるヤツがロックばかりやってる箱に来るのはちょっと珍しい。最初はそれで目を引いたんだけど、次第にオレに向けてくる、その絡み付くような目線がすごく気になった。特別嫌な感じはしなかったが、今のオレは男からの視線に敏感になってる。
 …と言うのも、例のトラブルが原因だ。


 はっきり言って、オレは華奢で女顔だ。
でも、そんなにゲイにモテるわけじゃない。どちらかというとバイか女王様系の女に好まれることが多い。
 トラブルの原因となった元ギターの崇弘たかひろは、高校からのマブダチだった。誰かとつるむのが苦手で一人で行動してたオレに、珍しく話しかけてきたヤツだ。
 趣味や感性が合うし、側にいてすごく楽だった。ロックもタカに教えてもらった。
一緒に笑って、一緒に怒って、一緒に泣いて…。
プライベートでも会う、唯一の友達。
マジで親友だと思ってた…。


 ある日のライブの打ち上げ後、それは起こった。

「タカ、ちょっと相談があるんだけど…」
大した相談事じゃなかった。

「これからお前ん家行って良い?」
今でも、そんな風に声をかけてしまった事を後悔してる。

 軽いノリだったし、酒も入っててダルかった。それに、その居酒屋からタカのアパートは歩いて5分程だったんだ。何度も足を運んだ場所だ。
 少し口ごもりながら「いいよ」、と答えたタカと連れ立って、他のメンバーと別れた。


 アパートに向かう途中、始終無言だったタカは、部屋に入るなりオレを抱き締めた。ビックリして放心してたら、タカは低く「好きだ」と呟いた。
 その言葉で正気に戻ったオレは、腕の中でもがいた。華奢なオレが、180センチもあるタカに敵うはずもなく、アッと言う間にベッドの上まで引きずられていった。
 とにかく怖かった。オレの身体中をなでまわしてる男が、いつもオレの横で優しく笑ってたヤツだと思えなかった。
 恐怖にすくんでる心とは裏腹に、身体は素直に反応した。それが恥ずかしくて情けなくて、涙が出てきた。オレのペニスをくわえていたタカは、その涙の理由を勘違いしたのか、かすれた声で「もっと気持ち良くしてやる」と言ってきた。
 タカの言葉に思考がついていけず、ボーゼンと、何かを取り出すタカを見つめていた。
 次の瞬間、ヌルッとした何かがオレの尻に入ってきた。まさかそんな所に異物感を感じることになるなんて予想もしてなかったオレは、思わず声を抑える事も忘れ、「あぁッ」なんて声を出してしまった。それに反応したタカは「イイ?俺の指」と言い、わざとクチュクチュと卑猥ひわいな音が出るように指を動かし始めた。オレはその間、タカの肩に爪を立て、すすり泣く事しかできずにいた。恐怖と気持ち悪さで、オレのペニスはすでにえていた。
 そのうち、頭から爪先まで電流が走る様な感覚が襲って来た。
「アッ!…ぁふ…ッ…んっ」
無意識に声がもれた。
 タカが執拗しつように声が出る箇所かしょを擦ってくる。ズクンと、腰に耐え難い快感が響き、その度に硬さを取り戻したオレのペニスからは、透明の汁が溢れ、体はビクビクと痙攣した。
そんなオレの恥態に興奮したのか、タカはいきなり指を3本に増やして激しくピストンしだした。
「ヒッ…ッ!いっ…痛っ…タカァ!やめっ…」
 さっきまでの快感は消え、経験の無い強烈な痛みが支配した。必死に止めてくれと懇願こんがんするオレを無視して、強引に入口を押し広げてくる。タカの興奮した瞳とは逆に、オレのペニスは収縮し、猛りの欠片も無くなっていた。
 痛さに気が遠のきそうになったとき、不意に指が出て行った。ホッとしたのも束の間、ピリピリと痛みを訴えるソコに、指以上に圧迫感のあるものがグッと押しあてられた。
 苦痛で麻痺した脳ミソの片隅で、危険信号を感じた。無我夢中でもがいたら、運良くタカの鳩尾みぞおちへ蹴りが入った。
拘束を逃れたオレは、うずくまるタカを尻目に、きしむ身体をなんとか動かし、悪夢の部屋から逃げ出した。


 バクバクと早鐘はやがねを打つ心臓を妙に意識しながら、一番近いバンド仲間のアパートを目指していた。
 オレの家は遠いし、今、友達と呼べるのはメンバーしかいない。それに、こんな時に頼れるのはあいつ…洸司こうじしかいないと思った。
 人付き合いが苦手なオレを気にかけてくれる、優しいヤツ。兄のような存在の…。

 ようやく辿り着いたアパートの窓は真っ暗だった。迷いながらインターホンを鳴らす。
 しばらくして、ハイ、とかすれた声で返事があった。
「あ…。オレ、響介。…こんな時間に悪い…」
インターホンに向かって出した声は、馬鹿みたいに震えていた。5秒も経たない内に、部屋の主がドアから顔を出し、嫌な顔もせず迎え入れてくれた。


 「…で、どうした?崇弘ん家に行ったんじゃなかったのか?」
洸司はコーヒーを手渡しながらオレに尋ねた。温かい液体を嚥下えんかすると、指先に熱が灯るような感覚を覚えた。
 その熱とは逆に頭は冷めていき、何とか声を絞り出した。
「…あの…オレ、……オレ…」

タカに…

ダメだ。
やっぱり、言えない。

恥ずかしすぎる…。
男が男に襲われるなんて。まさか自分がこんな目に合うなんて…。
 そんな事を考えていると涙が出てきた。オレは口ごもりながら、洸司に告げた。
 「オレ、メンバー抜ける」
洸司は俺をヒタリ、と見つめ、
「……抜けなきゃなんねーのは響介じゃなく、崇弘の方なんじゃないのか?」
と言った。
予想もしていなかった返事に、オレの方が目を見開いた。
「え…っ…。な、なんで??」
 どーして?何か知ってんのか?
戸惑うオレに、洸司は困った様な顔をして答えた。
「そりゃ…。考えてみろよ。酔っぱらって崇弘と一緒に店から出て行ったかと思うと、今度はひでぇツラして俺ん家に来るし。しかもオマエ、頭はボサボサ、シャツのボタンは飛んでる上に、…手首のソレ、掴まれた跡なんじゃないのか?」
 言われて思わず自分の手首を見ると、確かにタカに掴まれた所が赤黒く鬱血うっけつしていた。
 「なぁ、なんかあったんだろ?崇弘と。喧嘩?…まさか、襲われたとか?」
冗談っぽく笑いながら言う洸司の言葉に、冗談で終わらせる事が出来ないぐらい、あからさまに固まってしまったオレ。
思わず生唾なまつばをのんだ。
 ゴクリと言う微かな音も、深夜の静まり返った室内では異様に大きく響いた。

「………マジ?」

 固まったオレを見て、洸司は眉を寄せた。
オレは何と言って良いかわからず無言で俯いていた。
「そう…、そうか…。大丈夫か?」
「ん…」
 洸司の穏やかな声を聞いてる内に、また涙が頬を伝う。
 そんなオレの頭を洸司は優しくなで、辛かったな、と呟いた。
「…ッ、ぅ…ごめ…。こぉ、じ…ゴメ、ンッ」
「なんで謝るんだよ?」
「だ、て…こんなっの、迷惑…だろ?」
洸司は苦笑いをして、涙が止まらないオレの頬を両手で包み込んだ。
「俺は嬉しいぜ?なんか頼られてる感じがして。俺って見た目と違って父性愛の人だから」
暖かい手のぬくもりに、自然と涙が引いていった。
 「それより体、大丈夫なのか?血ぃ出てんだったら、手当てしとかないと…」
「血…。は、出てないと思うけど…」
「…ふーん?そう?本当に?」
「う、うん。」
何故かマジマジと洸司に見つめられる。
?…なんだろ。
 洸司の疑問が理解できず、戸惑うオレに、洸司は神妙にフゥムと頷くと、おもむろに言った。
「崇弘って体デカイくせに、ナニは小さいのな」
「…へ…?」
洸司の目は笑っていた。
「……………ッ!ちっ、ちがっ!違うっ!!そこまでされてないんだっ未遂なんだ!」
真っ赤になって弁明するオレに、洸司は笑いながら
「わかってるよ。無理に突っ込まれてたら、俺ん家までなんて移動できねーだろ」
と言った。
 こんな時に冗談だなんて…。でもちょっと気が紛れた。
ありがとう。洸司…。
 少しばかり空気が和み、動揺も収まり始めた頃、洸司の携帯に着信が入った。洸司はジッと着信名を見つめ、深い溜め息をついてゆっくりと受話ボタンを押した。

「…はい」

「あ…、俺、崇弘。あの…そっちに響介が…行ってるかと思って…」

 シン、と静まり返った部屋に、小さく聞こえてくる聞き慣れた声に胸が詰まる。
「来てる。…何だよ?」
洸司の声には怒気がはらんでいる。
「ご、ごめん。…あの、…俺、抜ける。バンド…。…ごめん」
予想していなかった言葉にハッとなった。
「そーかよ。じゃあな。」
冷たく言い放った洸司の言葉が、頭の中で何度も響いていた。
 携帯を切った後、洸司はしばらくそのままディスプレイを見つめ、俯くオレの頭をポン、と叩いた。
「おまえは悪くないよ」
その言葉を聞いて、また涙がこぼれた。

次の日、洸司はもう一人のメンバーに、ただ「タカが抜けた」とだけ告げた。


それから一ヶ月近くが過ぎ、どこからか洸司が見つけ出して来た新しいギタリストを迎え、微妙にギクシャクした空気のまま、昨日のライブに至った。



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