《Act.7 切なく揺れて》


それから家に辿り着いたオレは、泥の様に眠った。
目覚めると時計は夕方の4時を示していて、大慌てでシャワーを浴び、重い体を引きずってバイトへ向かった。眠り過ぎたのも手伝って、昨夜の事がまるで夢の出来事のように感じる。
バイト中もぼんやりして仕事にならず、オレの頭の中は凱斗に支配されていた。

凱斗…



どうしてキスを?(嫌じゃなかったのは何故)

どうして好きだなんて?(オレは男なのに)

どうしてあんなに怒った?(凱斗には関係ないのに)

どうして、追いかけて来なかった?(それが気になるのは何故)


グルグルと、答えの出ない問いがモヤのようにオレをおおう。
タカの時とは全く違う心の揺れ。
タカにされた時は、ただただショックで、辛くて悔しくて、悲しくて…。裏切られたって思った。
でも、凱斗は?
…辛いとは思わない。悔しくも悲しくもない。裏切られたって思うほど親しくもないし。それに、ショックを受けてもいない…。
何故か、必然の様な気がして。
タカの時も凱斗の時も、怖かったのは同じだ。快楽に流されたとしても、逃げようと思えばそのチャンスはあったはず。
なのに、どうして身をゆだねてしまったのか…

わからない…。

今は、何だか腹の奥をグッと掴まれてるような、胸が震えるような…、やりきれないような気持ちだ。今までこんな感情に悩まされた事がないから、とても不思議に感じる。
ただ、強烈な快楽を経験したからなのかとも思ったけど、女の子とした時でもこんな気持ちにはならなかった。

あの時…重なり合った肌から、凱斗の熱い感情が皮膚を通して体中に広がるような感覚に襲われた。
その涙が出るような不可思議な『もの』に、思考まで犯されて…。
昨夜の荒々しく甘い秘め事を思い出し、躯の内側がジワリと粟立つ。


何なんだ。

凱斗…
教えてくれ。

お前、オレに何をしたんだ?


ツラツラと考え事をしていると、あっという間に時間が過ぎていった。

店のシャッター閉め、ハッと気付く。
しまった!そういえば昨日、洸司に電話の一本も入れて無かった!!
慌てて洸司の携帯にダイヤルする。洸司の「はい」と言う声に被さるように「ごめん!すっかり連絡するの忘れてたっ」と、名前も告げずに謝った。
「響介?何だよいきなり」
洸司の声が耳に入ると、なんだかホッとする。
「や、昨日オレ、何も言わずに消えたからさぁ…悪かったと思って」
「ん?お前ら出てってから連絡あったけど?凱斗から」
「えっ、そ、そう?」
「あぁ。お前、酔い潰れたから部屋に泊めるって」
「そうなんだ…」
「ま、下心見え見えだったけどな。さすがに潰れてるヤツ襲うこと無いだろーと思って、許したけど…」

「……………」

電話越しに笑いながら言う洸司に、無言になってしまうオレ。
「………えぇ〜…っ、また…?」
洸司の眉をしかめた顔が、ありありと思い浮かぶ。何だか申し訳ない気になってくる。
「ご、ごめん…」
「いや、謝んなくて良いんだけど…。響介…大丈夫か?」
「うっ…、うん…」
大丈夫、だったって言うのか?アレって…。
携帯の向こう側で、洸司が溜め息をつくのが聞こえた。
「悪い。昨日、凱斗誘ったの俺なんだよ。スタジオ入る前に凱斗から電話あってさ、どーしても紹介しろってうるさくて」
「や、うん。別に謝んなくて良いよ…」
「あーっ、本当にすまん!アイツさ、なんか本気っぽかったし、珍しく必死だったからさ、まさかこんな早く手を出すとは思わなくて…」
手を出す…って…。そう言えば洸司もバイだったっけ。ストレートのオレには理解できないけど、男に男、紹介する時でもそーゆー事思うのか。
「や、ほん―――」
「えーーーっっっ?!凱斗さんとヤったのぉおおぉっ?!響介っ?響介っ?!」
オレの声は、いきなりスピーカーから聞こえて来た甲高い声に欠き消された。
この声は…
「駿ッ、ウルサイぞ」
「いるのか…」
「あぁ、なんか飯た…っ、こっ、こら―――」
「でっ?!でっ?!どーだったのっ?エッチ良かったぁ?デカかったっ?」
突然、駿の勢い込んだ声が飛び出して来た。
「えっ…それは…その…」
「イタッ!洸司さんヒドイっ」
駿の悲痛な叫びの後に、洸司の声が戻って来る。
後ろで何だかブツブツ聞こえる。
「ごめん響介。で、ほんとに大丈夫か?今から迎えに行こうか?」
洸司がそう言った途端、「えぇえぇぇ〜〜〜っっ?!」と言う駿の不満そうな叫び声があがる。
「あ、あの、オレ大丈夫だか―――」
「あっ」
オレの声に被さるように洸司が声を発する。
あ?
何だ?と思ったら、また高い声が現れた。
「今から洸司さんとエッチするんだから、邪魔しないでよねっ!!」

ブツッ
ツー…ツー…ツー…

え…。切れましたけど。
ってか、エッチって…エッチって…。
そのエッチ?そっちの?そう言う意味の??
二人ってそうなの?
え…?

予想外の駿の言葉に頭がついて行けず、茫然と携帯を見つめる。


「響介…」

しばらく無言で立ち尽くしていたら、突然後ろから声をかけられた。
ハッとして振り返り、見付けた顔にオレは懐かしさを覚えた。


「タカ…」




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