《Act.9 暗影》


「なんか、歌声が悩ましい」

貸しスタジオでの練習中、翔太がそんな事を言い出した。
「へっ?悩ましいって…」
確かに、昨日の事が頭から離れなかったんだけど…。
パンクの歌声が悩ましいってどうなんだ。
戸惑いが声に表れたのかな。
「好きなヤツでもできた?」
「はぁっ?!そんなのできてねーよっ」
なんだそりゃ。
オレは凱斗のフォローをどうするかで頭が一杯なのに、恋なんてしてられるか!
「ふーん?そう言えば響介ってさ、あんまそういう話とかってしないよなぁ…。女に興味無い訳?」
うぅっ…、興味無いんじゃなくて、その手の話が苦手なんだってば。
「そんな事無いけど」
オレのそっけない返事に、駿が笑いを含んだ声でからかってくる。
「ふっふっふっ。響介は今、凱斗さんのデカマラに夢中なんだよね〜♪」
その露骨な表現に真っ赤になって口をパクパクさせてると、翔太が勘違いをしてビックリする。
「えっ?!マラって…響介ってノンケじゃなかったっけ?」
「ノンケだよっ!!そんなもんに夢中になってねーし!」
ソッコーでツッコむオレに満足したようにケラケラ笑う駿。
…なんか遊ばれてる?
ハァ、とため息をついて、今度のライブで歌うことになったオリジナルの楽譜を見つめる。

それは初めてオレが作詞をしたものだ。
ライブではコピー曲がほとんどだけど、たまにオリジナルもる。
今までは、翔太が作曲、タカが作詞でオリジナルを作っていたんだけど、タカが抜けた今、詞を作るのはオレがやる事になった。
その曲は別段、特別な意味を持つ歌詞ではなくて、自分の存在価値は何?みたいなありふれた内容だけれど、初めて作った詞だし、良い曲にしたいって思ってる。
なのに、ここ2、3日の出来事のせいで音楽に対するボルテージが下がってしまっている。
ほんと、平凡な日常に戻って欲しい。って言っても、その為には凱斗を何とかしなくてはいけないんだけど…。
そんな事を考えて黙り込んでしまったオレに、翔太はどうでも良さそうに、
「ま、良いけどさ。時間勿体無いから練習続けよーぜ」
と言った。
余計な事言い出したのはお前だ!…という言葉は飲み込んで、「ああ」と返事をして練習を再開した。


「響介、呑みに行かないか?昨日の事、気になるし…」
練習が終わった帰り際、洸司に声をかけられた。
来た来た。
絶対呼び止められるだろうな、という予想通り洸司に誘われた。
「良いけど…。駿は?」
洸司はちょっと困った顔して頭を掻く。
「ん。込み入った話あるからって言ってきたから…」
「そうか」
二人って、やっぱり付き合ってんだろーな。
あ〜、あの電話の時の調子じゃ、駿に次会った時怖いな。

取り敢えず気を取り直して、手近な居酒屋に入った。
「昨日、タカが来たよ」
「えっ」
「謝りに、さ」
「ふーん…。で、許したわけだ」
そう。
別にもうあの時の事は怒ってない。むしろ、追い撃ちのように告白されてほだされてしまった。
昨日の出来事を頭から辿ってみて、ハタ、と気付く。
はだされる処か、キスまでしてしまったし…。
冷静になって思い出した事実に真っ赤になる。
「………」
んん…?
ってか、ってか………。
告白されて、キスしたいって言われて、そんでキスして…。
それって、それって…。

OKしたって意味なんじゃ…。

みるみる内に顔面から血の気が引く。
いやいや、待て自分。タカは確か「最後に」って言ってたはず。『最後のキス』は了承したってだけだろ。
自分の一瞬の勘違いに、ホッと胸を撫で下ろした。
そんなオレの百面相に洸司がププッと吹き出す。
「響介って、見てて飽きないよなぁ。はははっ」
洸司にまで笑われるオレって…。
「笑うなっ」
恥ずかしさをビールと一緒に飲み込んで、改めて聞く。
「…あのさ、洸司に聞きたいんだけど…。凱斗って、いつもあんななのか?何て言うか…強引って言うか、気紛れ?気分屋?みたいな…」
洸司がピタリと笑うのを止めて驚く。
「は?何でいきなり凱斗?崇弘たかひろの話じゃねぇの?」
「や、それが…昨日さ………」
恥を忍んで、凱斗がタカを殴った下りを話そうとして、またハタリと思い当たる。
最後のキスまでしたのに、タカの前で凱斗とあんな事してしまって、嫌われれば良いなんて…。

オレって…マジ最低?

自己嫌悪で背筋に嫌な汗が流れる。
でも、ならどうすれば良いんだ?
今更言い訳しに行ったって、タカの気持ちを受け入れられる訳じゃないし…。
……。
結局、昨日と同じ堂々巡りになってしまう。
ウダウダと、自分の世界に翻弄ほんろうされてるオレにれたのか、洸司は吸っていたタバコを灰皿に押し付け、質問を投げ掛けてくる。
「響介、昨日何があったんだよ?崇弘が謝りに来て、凱斗が何だって??」
オレは乾ききった口をビールで濡らし、覚悟を決める。洸司には話しとこう。正直に。
…可能な限りは。

「凱斗が…タカを殴ったんだ」
「え"っ!そりゃまた何で?」
「助けようと…してくれたんだと思う」
「はぁ?助けるって…、崇弘からって事?」
ああっ!恥ずかしいっ!でも言うぞ言うぞ〜っ
「その…、キッ、キスされてたからッ」
「………」
沈黙する洸司に、顔は赤を通り越して紫にまでなってるだろう。
グググ、と洸司の眉間に皺が寄る。
「それって合意の上で?」
「…最初は、そう」
「へぇ。崇弘の気持ち受け入れるのか」
驚いた顔をする洸司に慌てて否定する。
「や、違っ。じゃなくて…。その…、オレは…」
オレのしどろもどろの答えに、洸司は怪訝な声で問い詰めてくる。
「受け入れる気無いのに、そんな事したのか?」
「……最後だからって言われて…」
罪悪感から、消え入りそうな声になる。
洸司はツマミを口に放り込んで、ため息混じりに声を漏らす。
「お前らって…、本当にお子ちゃまだな。そんな事言う崇弘も馬鹿だけど、それを承諾する響介も馬鹿だぞ」
「…うん。わかってる」
はぁぁぁ、と大げさに溜め息をついて、洸司は残りのビールを一気に飲んだ。
ケフッと炭酸を吐き、洸司が静かに言う。
「…お互い、辛くなるだけだろ。そういうの」
オレは返す言葉がなく、コクリと頷く。
「今はマジで後悔してるんだ。なにやってんだろ…って」
コップの中で、飴色の液体が気泡を放つのを見つめながら呟いた。
「でー?凱斗はどうしたんだよ?」
そんなオレを横目でチラリと見て、意地悪そうな声色こわいろで洸司が訊ねてきた。
「………」
少し温くなったビールをチビリと飲んで無言になるオレ。
…うぅッ。言いにくいっ!
洸司がオレのサラダを盗みながら、ニヤリとする。
「何?どんな修羅場だったんだよ」
修羅場って…。そうか、男ばっかだから気付かなかったけど、コレって修羅場になるのか。
「何かされたのか?」
追求の言葉が続く。恥ずかしさで言いにくく、声が小さくなる。
「タカの前で…、無理矢理…された」
「え?何て?」
「無理矢理キスされたんだよッ」
思わず声が大きくなり、慌てて口を塞ぐ。注目されたかと思ったが、周りも酔っ払いばかりでガヤガヤと五月蝿く、そんなに目立たなかったみたいだ。ホッとして視線を戻すと、洸司は肩を震わせて笑いをこらえていた。
「な、何だよッ。真剣に大変だったんだぞ!」
「い、いや、つくづくドラマみたいな展開だと、思っ…。クククッ」
今度はオレが溜め息をつく番だ。
「なんでアイツらはオレに構うワケ?凱斗なんか『俺のものだー』なんて叫ぶし…。いつからオレはあいつの所有物になったんだ!!」
オレがなぞった凱斗のセリフに、洸司が目を見張って驚く。
「あいつ、そんな事言ったのか?」
「そーだよ。しかも殴られたタカに向かって!自己中大魔王め!!」
ゴクゴクとビールを飲み干し、次はジョッキで注文する。
オレの愚痴を聞きながら、感慨深かんがいぶかげに洸司は「ふーん」と言い、新たに焼酎を注文した。
「何、その『ふーん』は?」
洸司が目を細めて言う。
「響介、よっぽど気に入られたな。アイツが誰かに執着するトコ、初めて見たよ」
「そー…、なのか」
「ああ。アイツ元々、色恋に対しては事無かれ主義的な所があってさ。ま、見た目が良いから相手には不足してなかったし、来るもの拒まず去るもの追わずっての?」
「さいてー」
すかさず突っ込むオレ。
「ははは。ま、凱斗にも色々あったからな。…だもんで、そっち方面は結構クールなはずなんだけど。そっか…。ま、今回は最初っからいつもと違ってたしな。」
洸司はまた「ふーん」と呟いて、新たに来た焼酎に口を着けた。
「オレ的には、そんな珍しい現象起こらなくて良いんだけど」
目をわらせ、ムッツリとするオレを見て、洸司はニヤリと笑って面白そうに言う。
「ムダムダ。本気になった凱斗に、恋愛ビギナーの響介が勝てるわけないって。誰かを落とすことに懸けては天才的だからな、あいつ」
「何でっ!そんなのわかんねーじゃん。オレの気持ち次第だろ?!」
反論するオレに、フッと洸司が笑う。
「もう遅いって。既に崇弘ん時と反応違うし。凱斗とのキスはどーだったんだよ?良かったんだろ?」
「なっ、なっ、なんっ」
酔いで上気した顔が、これ以上ないってぐらい朱に染まる。
そんなオレに洸司は、ほら見ろって顔をして、また鼻で笑った。
「…そ、それはっ、単にアイツが慣れてて上手いってだけだろッ」
「慣れてて上手いねェ…。それじゃ俺としてみるか?俺も結構自信あるけど」
「ゲブフッ?!」
洸司の申し出に飲もうとしていたビールを盛大に吹きこぼす。鼻に入って痛いっ。
「あっはっはははっ!響介、お前って本当にいじりがいあるな!」
涙目になって睨むと、洸司はまたニヤリとし、
「ま、したとしても、凱斗ん時ほど感じないだろ」
と言った。
いや、一緒だと思います…。

「でもさ、響介」
急に真顔になって洸司は言葉を続ける。
「俺が知ってる限りでは、凱斗が本気で誰かを好きになったの、初めてだと思うよ。淡い恋心とかはあったと思うけど」
洸司は再びタバコに火を点け、紫煙しえんをくゆらせながらボンヤリと宙を見つめる。
「彼女、いたのに?」
「あぁ。多分あいつ、女とはマジな恋愛できないんだろ。ゲイだからとかじゃなくてな…」
どういうことだろう?ゲイじゃないのに女と恋愛できないって??
「何で?人を好きになれないって事?」
「ん〜、前はそう思ってたけど…違ったみたいだな。ホッとしたよ、俺は」
しんみりと煙を吐き出す洸司を見ていると、凱斗に何があったのか少し気になった。
「何か…あったのか?凱斗…」
少し遠慮気味に尋ねる俺に、洸司が面白そうに言う。
「気になる?」
「そりゃ…洸司が何か有りそうな言い方するからだろ」
穏やかに、オレに微笑みを向けたあと、洸司は深くタバコを吸い込む。
「…あいつさ、ガキん時に訳ありで母親が他界してるんだ」
「え…そうなんだ」
「…ま、その母親の影にまだ振り回されてんだよ。あいつは」
暗く影を差す様な凱斗の過去に、それ以上突っ込んで聞くことも出来ず、オレは「ふーん」とだけしか返せなかった。
あの強引な性格の裏に、一体どんな闇が潜んでいるのだろう。
ギュッとタバコを灰皿に押しつけ、洸司はまたオレに微笑みかける。
「あいつが惚れたのが響介で良かったよ」
「なんでっ?オレ、ストレートだよ?」
洸司の優しげな瞳に、少し意地悪そうな光がよぎった。
「知ってるか?人口の約80%はバイなんだってさ。響介もこの際、試してみれば?」
へー、意外と多いな。…って!!感心してる場合か!
「勘弁してくれよ〜」
何故かオレと凱斗をくっつけるのに積極的な洸司に深いため息をつき、オレは新しくビールを注文し直した。

飲まずにやってられっか!




■ Back       ■ Next       ■ Home       ■ Close