《Act.10 とまどい》


「やっぱり送るって」
「いーって!大丈夫っ…だっ」
酔いで若干足元がおぼつかないが、送ってもらう程でもない。
オレはしつこく送りたがる洸司を振り切り、駅へ向かった。
電車に乗り、フウと座席に座ってボンヤリと窓から見える電飾の海を眺める。
そう言えば…凱斗のマンション、意外にオレん家と近かったな…。
あの部屋、生活感が無くて、およそ男の一人暮しとは思えない程に整頓されてて殺風景だった。
掃除でもしに来る人が居るのかな…。
女もいける奴なのに、わざわざ男のオレを選ぶなんて、
ただの遊び?
珍しさから来る錯覚なんじゃないのか?
…なんて、そんな自分の考えに胸がツクンと痛む。
凱斗は…、タカを追いかけようとしたオレをどう思ったかな。
本気なんだとしたら…
きっと、傷つけた。
男が男を好きになるなんて理解できなかったから、凱斗の気持ちを解ろうともせずに。
身勝手なのはオレの方か…。
凱斗の心、凱斗の言葉…
気まぐれなのか、本気なのかオレには分からない。
あの日…
あの瞳を見て、あの唇を感じて、あの肌に触れて…、もしかすると本当にオレの事好きなのかな、なんて思ってしまった。
その心を知りたくて、確かめたくて。
それは、快楽から来るただの錯覚なのか、とも思うけれど。

オレも凱斗のように、誰かに固執する事は殆んど無い。好きな人が出来ても、頑張って振り向かせようなんて思わないし、まして、その人に彼氏がいたり、オレに興味がないと分かるとすぐに冷めてしまう。
運良く彼女が出来たとしても、振られる時に必ず言われるのは「ホントに私の事が好きなの?」だ。
情が薄いんだろう…。きっと。
でも。
凱斗、お前にはまだ傍にいて欲しいと思う。
出逢ってまだ数日しか経ってないのに、お前と関わっていく道を失いたく無いと感じる。オレの人生の、登場人物でいて欲しい。

こんな少しの時間で、ほんの少し言葉を交わしただけなのに。
自分でもよく理解できない…。この感情が。
こんな気持ちは知らない。

ふと、向かいに座っている女性が視界に入り、熱心に読んでいる本のタイトルを見る。

【初恋】

「恋…か」

溜め息混じりに呟き、その薄い青色のカバーを見ていると、急にピントが合うように、あざやかに言葉が胸にひらめく。

恋?

これって、恋…?
そうなのか?
いや、まさか、そんな事…
自分の答えに戸惑いを覚える。
きっと違う。
これが恋だとは思わない。
…思いたくない。

だって、
オレ達は男同士なのだから。


流れていたネオンがゆっくりと止まった。
疲れた顔をしたOLや、赤ら顔のサラリーマンがパラパラと車両に乗り込んで来る。
終電前の遅い時間だからか、あまり人数は多くない。
ふと、オレの目の前で立ち止まった影に、うつ向いていた顔を上げる。

「こんな時間に何やってんの」
「…凱斗」
両手を吊革にかけ、前屈みになってしゃべりかけてくる。
「隣、座って良い?」
「あ、ああ。」
くだんの人物の登場に、いっぺんに酔いがさめる。
隣に凱斗が座ると、フワリとフレグランスの甘い香りがした。
前は気付かなかったな…。
なんとなく、女の匂いがしないことにホッとした。
「バイト?」
「いや…、練習」
「こんな遅くまでやってんのか?」
「その後、洸司と呑んでた」
「ふーん」
意外と普通の態度だ。昨日のこと怒ってないのかな。
ってか、近いって。横空いてんのに、なんでこんなくっついて座るんだ…。
「響介のTシャツ、家にまだあるから」
「あ、う、うん。悪い」
オレの返事に、クスリと凱斗が笑う。
「どうして謝んの?」
「や、別に…」
触れている肌の温かさや、耳をくすぐる低いバリトン。それに、スパイシーな香りに混じる凱斗自身の匂い…。その全てに頭の芯が揺さぶられた。
まるで酔いが戻って来たかのように、体がフワフワと浮いているような気がする。
「取りに来いよ、服」
「え?」
凱斗はそう言うと、タイミング良く駅に滑り込んだ電車から、無理矢理オレを降ろした。
「ち、ちょっとッ」
手首を掴んでグイグイ引っ張って行く凱斗に困惑する。
どんだけ強引なんだ、この男は。
焦る気持ちと同時に、掴まれた手首がピリピリと刺すように熱を持つ。
現実じゃないような状況に、手首の感触だけが妙にリアルで、それを振りほどくことに抵抗を感じた。


暗い路地を過ぎ、明かりの灯ったマンションのエントランスに入る。エレベーターに乗り込むと、凱斗の手が緩んだ。やっと放してくれるのかと思ったら、その手は手首から下へ降り、オレの指に絡まる。

…手を繋がれた。

しかも、俗に言う『恋人繋ぎ』と言うやつだ。
電車の中で、自分が恋してるんじゃないか、なんて考えてしまっただけに、馬鹿みたいにドキドキしてしまう。
でも、意識していることを、凱斗に気付かれるのではないかと思うと、言いようのない気恥ずかしさと焦りで、意味もなく反抗的な気分になってくる。
オレは眉根を寄せ、それを振りほどこうと乱暴に腕を振る。
「………ッ」
逃れようとすればする程、強く握られる。振りほどけない事に苛立ち、ギロリと睨み付けると、ニッコリと微笑まれた。
「…な、…なん、何だよ…」
場違いなぐらいの穏やかスマイルに力が抜ける。
この数日で学んだ事は、何故かオレは、凱斗の笑顔に弱いという事だ。その微笑みをくらって、戸惑いながら抵抗する事を放棄した。
どうせオレの力ではどうにもならないし。
部屋のある階に着き、引っ張られながら歩く。凱斗は手を繋いだまま器用に鍵を回し、ドアを開けた。
オレはムッツリと黙り込んで、促されるままに中へ入る。とりあえず靴を脱いで上がると、背後でドアの閉まる音が異様に大きく響き、ビクリとして振り向く。
ゆっくりと鍵の閉まる音がした。
凱斗の口端が持ち上がる。目は無表情のままだ。
空気がピシピシと氷ついていくのが分かる。

…ひょっとして、怒っていらっしゃる?

オレの背筋に冷たい汗が流れる。
めちゃくちゃ怖いっっっ!
ゴクリと生唾を飲み、恐る恐る訊ねる。
「……あの…な、何か…?」
恐怖で敬語になってしまったオレを笑うこともせず、凍てつく瞳で見据え、
「あの男とヤったのか」
と凱斗は訊ねてきた。
「…は?ヤった…って…?」
「セックス、したのか」
「……………」
不躾ぶしつけな質問に唖然あぜんとしていると、凱斗はチッと舌打ちし、考え込むように黙り込んだ。
「…………」
「さ、最後までは…して、無い…」
何だか正直に言った方が良いような気がして、言葉を続ける。
「…親友だし」
だった、と言うべきなのかな。
オレがそう言うと、凱斗の片眉がピクリと上がり、疑いの眼差しを投げてくる。
「親友とキスとかするわけ?」
「……ちょっと、その…訳ありで…」
言い訳にもならないセリフを言うと、凱斗に肩を掴まれ壁に押し付けられる。
「何、その訳って?」
「そ、れは〜、その〜、だから…」
うぅっ…。何だか浮気が見つかったみたいな感じになってるぞ?!恋人でも無いのにっ。
「だから?何だよ」
冷たい目でジッと見据えられて、どこを見て良いか分からず、オレの目は泳ぎっぱなしだ。
「最後だからって…。告白されて、それで…」
「…そんな理由で?」
「そうだよ。わっ、悪いかよ」
はぁ、と凱斗は溜め息をつき、オレの肩に額を乗せてくる。
「響介、スキありすぎ」
「す、スキって…」
凱斗は顔を上げると、おもむろにオレの両頬を摘み、引っ張る。
「コレかっ、この良すぎるつらが男を呼ぶのかっ!」
「ヒデデデデデッッ!」
ギュウギュウ引っ張る凱斗の指を払いのけ、涙目で睨む。
「なにすんだよっ」
スリスリと、摘ままれていた頬を撫でると、仄かに熱を持っていた。
痛いっつーの!何でこんな事されなきゃいけないんだ。
「響介は無防備すぎる。あのまま俺が行かなかったら、ホテルに連れ込まれてたぞ」
「何でそうなるんだよ…。タカがそんな事するわけ無いだろ」
オレが否定すると、凱斗は腕を組んで胸を反らし、偉そうな目で見下ろしてくる。
「へえ?あの後、そのタカって奴が気分悪いフリして、ラブホで休むからって、送るだけで良いから連れて行けっつったら行っただろ?幸い、あの近くにあるしな?ホテル」
どんな展開だよ…
「そりゃ…体調が悪いんなら、仕方ないし…」
「そんで、一人だったら入れてくれないから、部屋までついてきてくれっつったら、やっぱり行くんだろ?」
「ま、まぁ…」
「ほら、もう駄目だろ。部屋の前まで来たら、なし崩しに連れ込まれるって」
「で、でも…」
オレが反論しようとすると、チュ、と唇を押しつけられた。
「現に連れ込まれてんじゃん。俺ん家に」




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